2024年5月~6月にかけて、東京・表参道のアニエスベー ギャラリー ブティックで美術家・やんツー氏の個展「Unknown Technics」が開催されました。
INTERVIEW11 既存のシステムに対する疑念を原動力に。先端テクノロジーを用いたアートで問いかける|やんツー
2024.8.29
やんツー氏はこれまで、 (ポスト)資本主義、エネルギー問題、脱成長、先端技術の政治的・社会的影響などに焦点を当て、より広い視野と多様な考え方で社会を見つめようとするアプローチを探求してきました。その多くが、既存のテクノロジーや情報システムを転用・誤用するかたちで構築されるインスタレーション作品です。今回の個展では、コロナ禍以降に発表された作品を集約し、アップデートを行いました。さらに、その中の作品の一つにBRINGで回収した古着が使用されました。
今記事では、展示会場でやんツー氏を訪ね、BRINGの回収衣類を使用した作品についてや、個展全体のテーマについて伺っています。
古着や廃材を再利用した作品づくり。
― BRINGの古着を使用した作品について教えてください。
やんツー 作品に使った木枠は、廃材を組み合わせて自作したものです。そこに古着を貼って、キャンバスにしました。キャンバスに描かれたドローイングは、2011年に作ったドローイングマシン(「落書き」のための装置)によるものです。バネの伸縮によってランダムにスプレー缶が動き、自動的に曲線が描かれています。
― 会期中に、ワークショップも開催したと伺いました。
やんツー 子どもたちと一緒に、キャンバスを作るワークショップを行いました。成長して着られなくなった服を持ってきてもらい、自分で組み立てたフレームに貼ってもらったのですが、それだけでとても可愛い作品になりました。最後にジェッソという下地を塗り、服の上に絵の具が乗るようにして仕上げます。キャンバスを普通に買うと当然お金がかかりますが、世界で今問題になっている大量に廃棄される服など、布自体はタダでも手に入りますからね。DIY精神の強いヨーロッパでは、同じように不要になった服をキャンバスにすることは結構あると聞きました。子どもたちに向けたレクチャーでは、内容が難しくないか心配でしたが、ゴミが増えることで起こる環境問題について写真を見せて説明すると、「えっ」という顔をして興味を示してくれました。
既存のシステムを疑う。
― 会場の壁が少し青いのは、どうしてなのでしょうか。
やんツー 前の展示で鮮やかな青一色で塗られた壁を、ホワイトキューブに戻すのに約2日かかると言われました。作品の搬入や設営に時間を割きたかったし、ギャラリーの壁が必ずしも白である必要はないので、うまく利用できないかと思い、真っ白にせず、地の青を活かしてみました。青から白に戻す途中のようなイメージです。このように、多くの正しいとされている概念について改めて考え直してみることは、僕がこれまで通底して行ってきたことでもあります。
― これまでの作品にも、同様の想いが込められているのでしょうか。
やんツー 常に何かに批判的であるとか、批評性を持っているという態度と、何かしらのテクノロジーを用いて作品を構築するという方法は活動の初期から変わっていません。ただ、活動の初期は表現の枠組みや制度に関する批判として作品を制作していて、テクノロジーはそれらのテーマや問題に対して効率よくアプローチして別の可能性を引き出してくれる道具として使っていたようなところがあります。それが特にコロナ禍以降は、テクノロジーと社会の関係や政治性、その権力性についてなど、テクノロジー自体をテーマにするようになってきました。今は単に道具としては捉えていません。
例えばこの展示会場では、車椅子が自動運転でツアーガイドをしてくれます。「LiDAR(ライダー)」というセンサーで空間をスキャンして自身の位置を把握しながら移動しているのですが、これは今、車の自動運転でも使われている技術です。さらに、自動運転の技術は軍事用ドローンにも応用されています。こうやって考えていくと、自分たちのすぐ傍にも戦争の気配をを少しリアルに感じられるような気がします。
― これまで、やんツーさんの展示で動き回っていたのはセグウェイでしたが、今回車椅子に変えたのには理由があるのですか。
やんツー ここがバリアフリーではない空間なので、車椅子に乗った人が自力で上がってくるのは難しいんです。そのため、あえて皮肉を込めて車椅子を使いました。また、今回の展示には「車」という共通したモチーフがあります。車は、身近にあるテクノロジーが詰まったものとして、制作のモチーフになると感じたのです。現行のEV車は後輪二つそれぞれにモーターが付いて走る構造になっていて、電動車椅子と全く同じ構造だと言えます。
技術や文化の最先端、アメリカ・ニューヨークで学びたいこと。
― 7月からアメリカに行かれるとのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
やんツー 「Asian Cultural Counsil」のフェローシッププログラムに採択されたのが理由です。アジアとアメリカの文化交流を支援する団体で、毎年アーティストや音楽家が数名フェローシップに選ばれています。僕は「ニューヨーク・フェローシップ」に選ばれて、半年間、ニューヨークに滞在してきます。滞在場所として財団が提携しているアパートに住むのですが、基本的に制作をサポートする助成制度ではないため、アトリエはありません。日本ではここ10年くらい常に展示に向けて制作に追われていたので、アメリカではひたすらインプットと関係者との交流に専念したいと思ってます。とはいえアーティストなので絶対制作したくなると思うけれど、我慢ですね。
― どのようなことをリサーチされるのですか。
やんツー 「E.A.T.( Experiments in Art and Technology)」という、1960年代に結成されたアーティストと科学者が所属する団体について調査する予定です。アーティストと科学者の協働を理念として、エンジニアのビリー・クルーヴァーやアーティストのR・ラウ・ラウシェンバーグらによって結成されました。ラウシェンバーグには元々テクノロジーを使ったアート作品を作りたいというアイディアがあって、それがクルーヴァーとの出会いによって実現しました。僕はそこが、今日的な意味でのメディアアートの起源だと思っています。それまでも、例えば「未来派」と呼ばれる運動はありましたが、テクノロジーそのものを使うものではありませんでした。ラウシェンバーグは、パソコンが普及していない時代に、軍事に用いられる当時の最先端のテクノロジーを使って作品を作っていたといいます。いつの時代も、最先端の技術は軍事とともに発展するのですね。
また、宇宙技術や原子力の施設にも行ってみたいです。マンハッタン計画のロス・アラモス、大きな原子力事故が起きたスリーマイル島、西に行けばシリコンバレーにIT企業やテスラもありますし…。アメリカは、見るべきものがたくさんある国です。どんな刺激を得ることができるのか、とても楽しみにしています。
やんツー氏にお話を伺い、当たり前に存在する社会の仕組みになんとなく順応するのではなく、疑問を持って調べてみることや、必要であれば異議を唱えていくことも必要であると感じました。アメリカでの研修期間の後、現地での経験をどのようなかたちでアウトプットされるのか楽しみです!
ウェブサイトには、これまで発表された作品の写真や映像が載っていますので、気になった方はぜひご覧ください。
やんツー ウェブサイト
やんツー
1984年、神奈川県生まれ。美術家。セグウェイが作品鑑賞する空間や、機械学習システムを用いたドローイングマシンなど、今日的なテクノロジーを導入した既成の動的製品、あるいは既存の情報システムに介入し、転用/誤用する形で組み合わせ構築したインスタレーション作品を制作する。先端テクノロジーが持ちうる公共性を考察し、それらがどのような政治性を持ち、社会にどう作用するのか、又は人間そのものとどのような関係にあるか、作品をもって批評する。
取材・執筆:熊沢紗世
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