INTERVIEW04 「ラナ・プラザ崩落事故」から10年。ファッション産業の現在地/服のトレーサビリティのかたち。 | 鎌田安里紗

2023.9.1

2013424日、バングラデシュの商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落した。死者、行方不明者、負傷者を合わせて4,000人以上が犠牲となり、その多くがファッションブランドの縫製工場で働く若い女性たちであったことから、「ファッション史上最悪の事故」とも呼ばれている。この事故を契機に、ファッション産業における労働環境や人権問題について、改善の取り組みが進められることとなった。

それから10年となる今年、表参道のGYRE GALLERYにて、FASHION REVOLUTION JAPAN主催「TWO DECADES OF HIDDEN FASHION」が開催された。これまでの10年を振り返り、これからの10年を見据えるため、リサーチに基づきビジュアライズしたインフォグラフィックや、ファッション産業に関わる人々の生の声を展示。この10年間で、ファッション産業は変わったのかという問いを、私たちに投げかけた。

今回、「TWO DECADES OF HIDDEN FASHION」の会場にて、FASHION REVOLUTION JAPANのプロデューサー 鎌田安里紗さんにお話を伺った。展示内容の写真とともに、鎌田さんが考えるファッション産業の今とこれからをお伝えしたい。

鎌田安里紗 | Arisa Kamada

「多様性のある健康的なファッション産業に」をビジョンに掲げる一般社団法人unistepsの共同代表をつとめ、衣服の生産から廃棄の過程で、自然環境や社会への影響に目を向けることを促す企画を幅広く展開。種から綿を育てて服をつくる「服のたね」など。FASHION REVOLUTION JAPANプロデューサー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。

 今回の展示にあたり、いくつかのメーカー企業にサプライチェーンの透明性を示すタグを作ろうという企画を持ちかけたが断られてしまった、とレポート#RememberRanaPlazaCollection 断念から考える日本のファッション産業の現在地』で拝見しました。

鎌田 通常は「Made in ○○(国名)」しか載っていないタグに、全ての生産工程に係わる工場を記載しようというアイディアでした。ただ、「把握できていないので難しい」「開示したくない内容がある」「消費者の方から必要とされている実感がない」といった理由で、実現に至りませんでした。サプライチェーンを遡るには、かなりの労力とコストがかかります。縫製工場は分かっているけど、「その生地に使われている糸がどこで染色されているのか」「原料を育てた農場はどこか」と聞かれて、答えられるメーカーは少ないでしょう。知らずに生産していることがほとんどだと思います。

FASHION REVOLUTIONが発行するFASHION TRANSPARENCY INDEX(ファッション透明性インデックス)による調査結果

開示することによる明確なメリットが分からないまま、そこに時間や労力を割くことができないということですね。

鎌田 もちろん全てのメーカーが把握したほうが良いことではあるけれど、FASHION REVOLUTIONが特に訴えているのは、資本や影響力のある大きな会社に、責任をもって調べて、開示してほしいということです。ラナ・プラザの時のように、立場の弱い方たちが生産工程に関わっていて、気づけていない搾取があることを企業は自覚して、ケアしていかないと状況は良くならないのだろうなと思っています。

この長いタグは、繊維商社の豊島株式会社さんが作ってくれました。トルコの紡績工場「ウチャック」と契約しているので、そこが持つ情報は分かる。輸送や通関の人までは分からないので、一部仮名で書かれています。シンプルなTシャツを作るのに、たくさんの工程があることが分かりますよね。これにファスナーやボタンが付いたら、途方もなく長いタグになり、全ての工程を把握するのはかなり難しくなるでしょう。

「ラナ・プラザ崩落事故」から10年。ファッション産業は変化したのでしょうか。

鎌田 課題があることは、認識されたと思います。とくに環境面においては、環境省からサステナブルファッションについての調査結果が出るなど、世界中で調査が進んだため、産業の内外からファッションの問題が認識されました。今でこそ、ケアするべき問題だとみんなが考えられるようになりましたが、10年前は発信しても慈善活動だと思われていましたから。

「服 回収」の検索結果が増加し、リサイクルへの意識の高まりを示している。

ようやく、みんなが同じ方向を向いて議論できるようになってきたのですね。

鎌田 課題だと認識されれば、ソリューションが生まれるはずなので。まだまだ課題は解決できていないけれど、認識されたことが大きな成果です。

私もファッションブランドの販売員や雑誌のモデルをやっていた頃は、生産の現場のことは全く分かりませんでした。服の仕事を始めて3年くらい経ってから、初めて生産地に行って、「そんなに工程があるの?」と驚きました。糸の撚り方や織り方など、あらゆる工夫によって一着ができていて、その説明一つ一つが面白かったです。それまでファッションはコーディネートを楽しむことだと思っていたのですが、それよりも服ができる工程を知ったうえで着ることのほうが、満足度が高いなと気づきました。そういったファッションの楽しみ方を伝えていきたいと思って、私もSNSでの発信を始めたんです。

服の原料を紹介するコーナー。ポリエステルが石油からできていることを知らない人は多いという。

販売員の方から糸の織り方や、製品にまつわるストーリーを聞けたら面白いですよね。

鎌田 「ラナ・プラザ」の事故以降、「これは大丈夫かな?」とうっすら不安に感じながら、服を買っている方もいらっしゃると思います。自分が気に入った服で、生産背景についても安心して買えるものがあれば、すごく嬉しいですよね。自分の大切なお金を払うのだから、払った先もみんなハッピーであってほしいと願っています。

この取材中にも、10代、20代の方が多く来場されていましたが、今回の展示の反響はいかがでしたか。

鎌田 結構硬い内容なので、GYRE GALLERYでやるのは重すぎないかと心配していました。お買い物ついでにふらっと入ってきて、この情報量は疲れるだろうと懸念しながら。けれども伝えたいことは、この10年間の変化、あるいは変化していないことだったので、なんとか可視化しようとグラフィックや構成をチームで工夫して、空間を作り上げました。始まってみると、「分かりやすかった」という声が聞けたり、カジュアルにSNSに写真をアップしてくれたりして、予想外の反応でした。一度来た人が、友達や会社のメンバーを連れてもう一度来てくれることもあって。後半になればなるほど、どんどん来場者が増えてきました。ファッション産業について薄々感じていた疑問や不安を、改めてデータとしてみることができて、これからのことを考えるきっかけになったとおっしゃっていただいたことが、とても嬉しかったですね。

展示のラストは、好きなブランドに質問を送れるポスト兼、”Who Made My Clothes?” のメッセージ入りの鏡で、来場者自身もメッセージを発信することができる。