INTERVIEW08 極限の環境で、生み出すカタチ ― 黒部横断への挑戦と彫刻制作 ― | 加々見太地

2024.4.12

彫刻、写真といったアーティスト活動を行いながら、ライフワークとしての登山を続ける加々見太地さん。昨年末から年始にかけて、3名での黒部横断を達成した。

今回加々見さんらが選んだのは、山あり谷ありのこれまで前例が少ないルート。雪を掻き分けて進み、峡谷を下った先では、黒部川を渡渉する。そして、険しい岩肌の黒部別山の尾根を登ると、いよいよメインピークである剱岳が待ち構えているのだ。

無事11日間の登山を終えた加々見さんに、山での生活やご自身の表現活動について伺った。

加々見太地 | Taichi Kagami 

1993年 神奈川県生まれ。

2020年 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。

自身の身体で感じた世界や自然を通して、彫刻や写真を発表している。登山活動にも力を入れており、ヒマラヤやアラスカでの登山を経験。

厳冬期の黒部横断に挑んだ理由は何だったのでしょうか。

 

加々見 先人たちが一大プロジェクトとして行ってきたことであり、自分が登山について知れば知るほど、その過酷さは身に染みて分かるようになっていました。冬の黒部の山々を、荷物を担いで、長野から剱岳を越えて向こう側(富山側)に行くことがどれだけ大変なことかと。天候が悪くなれば停滞しなければならず、山の中で生きる総合力が試されるルートだと思います。過酷な道のりではあるけれど、山にどっぷりと長く、深く入るということを自分でもやってみたくなり、今回の挑戦を決めました。

黒部別山から眺める剱岳

実際に登ってみてどうでしたか。

 

加々見 天候に恵まれて、大きなトラブルもなく、順調に進むことができました。一緒に登った二人とも気が合い、毎日笑っていました。この山域の奥深さを知ることができ、一介の登山者として、本当に面白い体験ができたと思います。

剱岳山頂にて、登山メンバーと

一緒に行った二人とは、元々お知り合いだったのでしょうか。

 

加々見 3人が結集してから、そんなに日は経っていないです。一人は越後や南会津といったニッチな山域のフリークで、沢登りがすごく好きな人です。休みの度に山に行っているので、引っ越した家のガスの開栓ができず、水でシャワーを浴びていると言っていました。その甲斐あってか、黒部川の渡渉では真っ先に進んで、水深を見てくれましたよ(笑)。もう一人は、山梨県の北杜市に住んでいるクライマーです。クライミングが強くて、冷静かつ、真顔でジョークをいうような面白い人ですね。

 

黒部川への下降

荷物はどれくらい持っていかれたのですか。

 

加々見 僕は32kgくらいでした。テントやバーナーといった共同装備は、3人で均等に割り振り、行動食は自由に持参します。それとは別に、テンションが上がる「お楽しみ食料」をそれぞれ1kgくらいずつ用意していました。クリスマスにはシュトーレンとワインを持っていき、他にはベーコンや鴨肉、大みそかには鰻のパウチまで出てきました。そこまで隠し持っていたのかと驚きましたね。凍っていたので、湯せんで溶かして食べます。今回は長い山行だったので、気持ちにゆとりを持つためにも、この「お楽しみ食料」は上手く機能しました。

3人が背負った荷物

山の中で何日間も過ごすという経験がないので、どういった暮らしをしているのか気になります。

 

加々見 食べ物は、アルファ米という、お湯をかけて食べるご飯が中心です。それに味付けをカスタムすることで、飽きないようにしています。たまにパスタも食べますが、腹持ちの良さではお米が一番ですね。僕は一食何gかで計算して、ジップロックに分けて持っていきます。今回、18日分の食料を用意していったんですが、中盤でもっと早く抜けることができそうだと分かったので、途中から多めに食べて消費していました。もし計画していた量で18日間かかっていたら、登りきることはできただろうけど、お腹がいっぱいになるには少し足りなかったかもしれません。

 

テントはシングルウォールのドーム型で、3人一緒に寝ていました。人が密集することにより湿度が上がり、内部が結露してしまうので、それに触れて身体が濡れるのを防ぐために、百均の雨合羽を着て過ごしていました。そういったTipsは本番までの準備山行で見つけたことです。飲み水は、土嚢袋ぱんぱんに雪を集めて、キャンプ用のバーナーで沸かして作ります。山の中に長く泊まっていると、食べたり、排泄したりという些細なことを繰り返しながら進んでいくプロセスが、とても面白く感じます。

剱岳 源次郎尾根から、越えてきた後立山を振り返る

今回、BRINGWUNDERWEAR LEGGINGSをお試しいただきましたが、着心地はいかがでしたでしょうか。

 

加々見 11日間、ずっと履いていました。暖かくて締め付けもなく、とても快適に過ごせました。雪や結露で濡れても、乾きが早く、冷たさを感じにくかったのが良かったです。黒部以外の冬山でも使っています。黒部の前は、鹿島槍という北アルプスの山や、越後の八海山に行きました。いずれも雪の深い山です。年明け以降は岐阜の錫杖岳という岩壁のある山で、雪にまみれたクライミングをした際にも穿いて行きました。クライミングは相方が登っている間、ビレイヤーとして下で待っている時間があるのですが、レギンスのおかげで身体が冷えないなと思っていました。しかも洗濯しても縮まず、長く使えそうなので嬉しいです。

 

錫杖岳でのクライミング

登山活動とリンクするような彫刻や写真作品を拝見しましたが、登山と創作活動はどちらを先に始められたのでしょうか。

 

加々見 登山に興味を持ったのは両親の影響です。アウトドア好きの両親だったので、家には椎名誠やカヌーイストの野田知佑、登山家の植村直己の著作がたくさんありました。それを小学校高学年の頃から勝手に読み始めて、自分でも山登りを始めてみたという感じです。創作活動に興味を持ったのもその頃でした。両親とも美術大学を出て、美術関係の仕事をしていたので、周りの大人にもアーティストが多く、作ったり絵を描いたりするのは楽しそうで良いなと思っていました。大学に入り、本格的に彫刻の勉強をしつつ、登山にもますますハマっていき、ネパールの6000m級の山やデナリにも赴きました。

 

デナリでは登りながら一体の彫刻を作りました。天気が悪くて停滞する日は、テントの中で彫ってみたり、雪原で彫ってみたり。その像も登山者なので、自分の分身を彫っているような気持ちになっていました。僕が山を登れば、こいつも一緒に登っていくし、僕が彫り進めれば、こいつも彫られていく。自分の身体的なアクションが、彫刻に凝縮されていくようでした。その過程を写真と映像で記録し、彫刻とともに展示したのが僕の修了制作です。登山と創作は、いつも密接にクロスオーバーしていますね。

Partner in Climb (2019) ― デナリで制作した作品

山の中で彫ることによって、アトリエで制作しているときと違うものが作品に反映されるのでしょうか。

 

加々見 山は、そこで自分が生きることで精いっぱいの環境です。寒くて酸素も薄い状況で、彫刻を彫っていると、自分は今、何のために彫っているんだろうということがクリアになっていく感覚を味わいました。気を抜くとすぐに死があるような場所で、祈るように形を作っていく過程には、かつてヴィレンドルフのヴィーナスやライオンマンを作った原始の彫刻家に近づけたような楽しさがありました。

アーティスト・イン・レジデンスにも、数多く参加されていますよね。

 

加々見 北アルプスの雲ノ平では、登山道整備のために除去された風倒木の一部を使い、彫刻を制作しました。滞在中に制作を行い、今も雲ノ平山荘に作品は置いてあります。国立公園である現地の木で作ったものは、その範囲から持ち出すことができず、持ち帰ったものは制作過程の写真や映像のみ。東京で成果展を行った際は、彫刻を3Dスキャンして、それを樹脂でプリントアウトして展示しました。本物は現地のオオシラビソという木で作ったのですが、展示したものはグレーのプラスチックで。その違いが、東京と山との距離感を表しているようで面白かったです。自然の中に入っていって、そこで起きたこと、感じたことを作品に表現することは楽しいし、僕にしかできないことだと思うので、今後もこのスタイルは続けていきたいですね。

Tabibito (2020) ― 雲ノ平で制作した作品

Tabibito 3D printed (2022) ― 雲ノ平で制作した作品のコピー

※アーティスト・イン・レジデンス

 アーティストが一定期間ある土地に滞在し、作品制作やリサーチ活動を行うこと。

加々見さんが黒部横断で着用したアイテム

Sold out

加々見さんのインスタグラム

https://www.instagram.com/taichi.kagami/