メディアアーティスト/ミュージシャンの和田永さんは、役目を終えて捨てられる運命だった家電を集め、電磁楽器へと改造し、パフォーマンスを行っています。特にブラウン管テレビをいくつも並べて、パーカッショナブルに叩く「ブラウン管ドラム」は一度見たら忘れられない衝撃ではないでしょうか。
INTERVIEW10 ブラウン管テレビが楽器に?家電たちの見えない声を響かせる|和田永
2024.7.19
ブラウン管ドラム
こうした電磁楽器の演奏者として、国内外でライブパフォーマンスを展開したり、アーティストの「ずっと真夜中でいいのに。」(ずとまよ、ZUTOMAYO)のサポートミュージシャンを務めたり、熊川哲也主宰 K-BALLET Opto のバレエ舞台「シンデレラの家」では生演奏で音楽を担当したりと、その活躍の幅は多岐にわたっています。
今回、和田さんが率いる、市民参加型の電磁楽器製作・演奏プロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」(以下ニコス)が、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]のアーティスト・フェローに選ばれ、東京国際クルーズターミナルで電磁楽器を使った「発電磁行列」を行うということで、HIVE編集部も参加し、和田さんにお話を伺ってきました。
電磁楽器は世代や国を越えて。仲間たちと編み出す独自の奏法。
― ニコスのメンバーは、どのように集まったのでしょうか。
和田 2015年、家電を改造して楽器へと蘇らせるプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動させました。活動を始めていくと、まずは電気や電磁に精通するエキスパートたちが集まってきたんです。彼らと一緒に楽器を作っているうちに、次はできあがった楽器を演奏する仲間が集まってきて…。コロナ禍中は、演奏動画の配信に力を入れていたこともあり、それがきっかけでグッとメンバーが増えました。日本の各地や海外から、自分でも扇風機やブラウン管テレビを演奏してみたという動画が突然送られてきたんですよ。その中の一人だった小学生が愛知在住だったことから、名古屋にも小中高生が中心となって活動するラボが立ち上がりました。また、秋田県の高校生たちが、自主的に電磁楽器を演奏する部活を作って活動しているという連絡も入って、そこもニコスの公式ラボになりました。今、東京・日立・京都・名古屋・秋田の国内5ヵ所を拠点に活動しています。3月に行った「発電磁行列」では、東京で集まった人々に加えて、各地からもメンバーが集結し、総勢およそ70名で家電による祭囃子を奏で、練り歩く行列が出現しましたね。
目玉となるやぐらにはソーラーパネルが付けられ、行列の電力をまかなう。
― 今の子どもたちは、ブラウン管に触れたこともなかったのでは?
和田 生まれた時には既に薄型テレビが主流ですよね。でも僕がブラウン管を叩く動画を見て、ビビッと来たと言っていました。名古屋の当時小学生だった子どもたちはそこからブラウン管を集め始めて、今では家にマイブラウン管ドラムセットを完備していますね。親御さんの理解を得るのに苦労したようですが(笑)。草むらに落ちていたテープレコーダーでスクラッチができたといって、みんなで「キュッキュッ」と音を鳴らしている動画が送られてきたこともありました。
名古屋ラボの子どもたち
― 自分たちで楽器にしているんですよね。
和田 ネットサーフィンしまくってやり方を探り当てていったそうです。海外にも、自分で作り方を研究してニコスの電磁楽器を作っている野良ハッカーたちが現れてきていますね。プレイヤー人口は少ないのに、改造技術や演奏方法を探って切磋琢磨しているんですよ。
― 皆さんの演奏技術の高さには驚きました。
和田 まだまだ途上なのですが、集まってきたみなさんの熱量がすごいですよね。基本的には師匠もいない、楽譜もない、奏法も確立されていない。だから勝手に独自進化している感じ。扇風機のメーカーはどれが良いかとか、ブラウン管を叩く音をいかに歯切れよくするかとか(笑)。
でもそれで既にある音楽への理解が深まることも多いのが面白いんです。「なぜドレミ音階なのだろう?」とか「リズムとは?」とか、そういう根本的なことを考えることも多いです。新しく楽器を作るので、今までになかった音階を奏でることもあり得るし、これまでに育まれてきた様々な音階やハーモニーも素晴らしいなと改めて気づくことがあります。実験とこれまでの歴史への理解が手を動かしながら同時に進むのがとにかく楽しいですね。
役割を終えた家電たちを、楽器として生まれ変わらせる。
― 最初はオープンリールアンサンブルの活動から始まり、次にブラウン管ドラムを発見されたとのことですが、何かきっかけはあったのでしょうか。
和田 オープンリールは音が吹き込まれた磁気テープが回っているものなので、それを引っ張って演奏することで、「音が手に触れるものとして存在している」という感覚がとにかく衝撃的でした。一方、ブラウン管は画面に手をかざすと、ふわふわとした静電気を感じるので、それに触れることで電気を音にできるのではと思い、身体と音響機材を繋いでみたのが始まりです。気づいたら無心でブラウン管を叩き鳴らしまくっていました(笑)。
― 音や電気に「触れる」というのがキーワードになっているのですね。
和田 今の電子機器は、内部に触れられないようになっていますからね。テープが剥き出しで回っていたオープンリールからカセットへと変わり、その後より小型のフラッシュメモリタイプの音楽プレイヤーへと変わっていきました。そういった新しい機械は蓋を開けてみても、内部構造が直感的にはよく分からなくなっています。もう少し無骨で、僕らが触れる余地があるのが、奇遇にも今役割を終えていく家電たちだったんですよね。それらを電磁楽器に改造することで、本来の機能を越えて、電磁波や静電気と直に戯れているような感覚を楽しんでいます。
― 楽器に変えられる家電は、どのように集めているのでしょうか。
和田 最初はSNSで呼びかけたり、チラシを配ったりして、ご家庭で要らなくなったものを集めていました。ちょうど地デジ化が始まったタイミングで、使い道のなくなったブラウン管テレビが、家に残っているという状況でした。今はフリマアプリやオークションサイトで買って、集めたりしています。たとえ1円で出品されている家電でも、僕らにとってはお宝同然です。「発電磁行列」に使用した信号機もオークションで競り落として、みんなで修理しました。
人も楽器も入り乱れ、電気のエネルギーを街に解き放つ。
― 発電磁行列のアイディアは、いつ頃生まれたのでしょうか。
和田 活動を始めた当初から言っていたことでしたが、2017年に「電磁盆踊り」というイベントを東京タワー直下のスタジオで開催したことで、祭囃子を奏でながら街中を練り歩きたいとより具体的にみんなと考えるようになりました。
ニコスのメンバーでアイディアを出し合い、「発電磁行列」の構想を膨らませた。
― 「祭り」にこだわる理由は何かあるのですか。
和田 日常からワイルドサイドに転じる場ですからね。人も家電も化けたらそれはもうお祭りの予感です(笑)。
ブラウン管が「テレ線(ブラウン管テレビに三味線のネックをつけた楽器)」になった時、家電が謎に伝統工芸品や民族楽器に見えてきたんですよね。それらの楽器を使って、「現代の生活を支えてきた家電や、電気エネルギーを奉るお祭りもあり得るだろう」と妄想するようになりました。それである日、メンバーと祭囃子のリズムと音階でセッションしてみたら、電磁祭囃子とも呼ぶべきサウンドが響いたんです。ブラウン管のノイズや扇風機のうなり音が妖怪の声のようにも聞こえました。人も家電もプリミティブな存在となって踊る場が、<電>の祭りなんじゃないかと思っています。
― 祭りには目に見えないパワーがありますよね。
和田 コロナ禍で一番、物足りなかったものですよね。その場に集まって、時空間を随伴することに価値がある。重い神輿を担いだり、みんなでもみくちゃになったり。スマートで便利になっていくのとは、全く反対の力学が働いていて、そのエネルギーが僕らの音楽にもフィットすると感じました。家電や信号機を持って街を練り歩くと、自分たちがシステムの殻をこじ開けて、街をハッキングしていくような感覚になります。ハードルは高いのですが、街中でのパフォーマンスを今後も実現できたら挑戦していきたいです。
若い世代のメンバーも増えているということで、今後の活動の広がりも楽しみです。
百聞は一見にしかず!…ということで、気になった方は是非、エレクトロニコス・ファンタスティコス!のパフォーマンスを見にいってみてください。
エレクトロニコス・ファンタスティコス!ウェブサイト
和田永
物心ついた頃に、ブラウン管テレビが埋め込まれた巨大な蟹の足の塔がそびえ立っている場所で、音楽の祭典が待っていると確信する。しかしある時、地球にはそんな場所はないと友人に教えられ、自分でつくるしかないと今に至る。学生時代より音楽と美術の領域で活動を開始。年代物のオープンリール式テープレコーダーを演奏する音楽グループ「Open Reel Ensemble」主宰。2015年より役割を終えた電化製品を新たな楽器として蘇生させ、オーケストラを形作るプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動させて取り組む。その成果により、第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
取材・執筆:熊沢紗世
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