A person adjusting their cap while hiking in a forest.

INTERVIEW14 本当に必要なものだけが残る | 上出遼平が歩いたアパラチアントレイル

Interviewee : 上出遼平
https://www.instagram.com/kamide_/

Photography : 阿部裕介
https://www.instagram.com/abe_yusuke/

2025.9.30

普段、街を生きていると「あまりにも情報に溢れすぎている」と感じる瞬間がある。映画館で心を震わす作品に出会った日。この映画の余韻だけを抱えて家に帰りたいと思い、スマホの電源を切る。けれど電車に乗った瞬間に、「夏までに脱毛をした方がいい」だとか「英会話はシャドーイングから」だとかの広告や通知が、脳みそをかき乱してくる。映画館から家までのたった30分の移動にも、雑音は容赦なく入り込む。

私たちはその雑音を拾っては、惑わされながら生きている。けれど本当は、生きることはもっとシンプルで、本当に必要なものはそう多くないのではないか。

「本当に生きるだけの、生きるためだけのもの。」

(撮影 : BRINGチーム)

そう語ったのは、テレビディレクターであり作家の上出遼平さんだ。今回彼が歩いたのは、アメリカ東部を縦に延びるアパラチアントレイルの一部区間。ニューヨークから電車で2時間、都心から高尾山に行くような感覚で登山口に立ち、5日間をかけて仲間と歩いた。荷物は自らの衣食住すべて。余計なものを削ぎ落とすことで、そこに残るものを確めることができる旅なのだった。

ロングトレイルは「過程」を歩く道

日本で「登山」と言うと、多くの場合は「山頂に立つこと」を目的とする。週末ごとに山へと向かい、弾丸のようにピークを目指し、翌日にはまたオフィスに戻る。それはそれで街で生きる者にとっての健全なリズムだ。だが、ロングトレイルを歩くとなると、それが意味することは少し違う。

上出遼平さんがその違いに惹かれるのは、彼自身のバックボーンとも無関係ではない。幼少期の遊び場は近所の裏山。雑木林に入り込み、焚き火をしたり、サバイバルナイフで木を削ったりする少年だった。自然は特別な存在ではなく、身近で自由に触れられる空間だった。その感覚は、大人になり多忙な日々を送るようになっても失われなかった。都会で働きながらも、山に入るときは余計なものをそぎ落とし、直感で楽しむ。そんな“軽やかに往復する感覚”が、彼のスタイルを形づくっている。

Two people wading through water, captured in black and white.

スタイルは人の数だけ生まれる

今回セクションハイクをしたアパラチアントレイルは、全長およそ3,500キロ。半年かけて歩き切る人もいるというロングトレイルでは、ピークハントは目的ではなく過程の一部にすぎない。衣食住を背負い、ひたすらに歩く。森に泊まり、川で水を汲み、町に降りて補給する。山頂ではなく「歩き続けること」そのものを楽しむのだ。


トレイルのちょうど真ん中あたりを歩いた今回の区間。そこで出会うハイカーたちは、すでに3か月以上を歩いてきている。「これは自分にとって必要なものだ」という選択を繰り返し、余計を削ぎ落とした結果として、それぞれのスタイルが形を成している。


「人に与えられたスタイルじゃなく、自分で見つけたスタイル。それがかっこいいんですよね」と上出さんは言う。トレイルでの出会いは、山頂のすれ違いの挨拶よりもずっと濃い。毎日が道の続きで、話す時間も長いからだ。

Two trees with a sign in a forested area.

上出さんが出会った「セブンス」と名乗るハイカーは、自分の荷物をすべて7ポンド以下(約4キロ)に抑えていた。火器を持たず、コールドソーキング──袋ラーメンを水に浸して歩きながらふやかし、夜にそのまま食べる。まずいに決まっている。帽子は穴だらけ、着替えはゼロ。それでも彼は「これがいいんだ」と笑う。極端な軽量化は狂気じみても見えそうなものだが、その潔さは美しかったという。


一方で、ぬいぐるみやウクレレを背負って歩く人にも出会った。理屈では不要に見えるものが、その人にとってはきっと旅を支える大切な存在なのだろう。「シンデレラ」と呼ばれるハイカーもいた。その由来は、泊まったシェルターを隅から隅まで掃除していく姿から。
「ロングトレイルを歩いていて出会う人たちには、「あなたにとって何が譲れないですか、何が捨てられないですか」みたいなことの結果、、、途中経過ですね。が、そこにはあります。その人にとって、本当に生きるための、生きるためだけのものが。」


持ち物や行動の一つひとつが与えられたスタイルではなく、歩く過程の中で削ぎ落とされた後に残るものなのだ。

山の中へ、苦痛をいただきに

では上出さんにとっての「譲れないもの」とは何か。
「山にいること自体が好き。ずっと鬱蒼とした森を歩き続けるでも、そこが雨でもいい。その中で、苦痛をいただきに行ってるんです」


そう語る彼の言葉に、思い当たる経験がある。例えば、山小屋に泊まり、天候も穏やかで、特に不快を感じることのない登山をしたとき。下山して、3日ぶりのはずの温泉やラーメンが、思っていたほどの感動を与えてくれなかった。快適さのまま過ごした山行には、「差分」が発生していなかったからだ。


一方で、雨に打たれ、汗でびしょ濡れになり、寒さで眠れなかった夜の後に味わう湯船の熱さは、全身に染み込むほどの喜びになる。そのまま自分の境界線が湯に溶けていくような。差分が大きいほど、世界の彩度は増す。上出さんの言葉は、そんな感覚をすっきりと言語化してくれた。

負荷がかかればかかるほど、自分に何が不足しているのかが見える。その弱点を知ることが嬉しい──。快適さに抗い、あえて不便や苦しみを選ぶことで、日常とのコントラストが鮮やかに見えるのだ。

仲間と共に旅をする

今回の旅は上出さんの妻、そして写真家の阿部さん夫妻と4人で歩いていた。
「みんながどう喜ぶかをずっと考えてます。だから僕が背負う荷物はほとんど仲間のためのもの。食料とか救急セットとか。自分の分は最小限でいいんです」もちろんあまり口には出さないというが、その思いやりがザックを重くする。だからこそ「たまに1人で歩きたくなる瞬間もある」と笑う。1人ならもっと遠くまで行けるし、自由も増えるだろう。けれど「仲間と歩く楽しさは、それはそれはすごいこと。どちらもいいところばかりです」と続けた。

実際、今回のトレイルでは何度も気持ちのいい川に出会ったという。上出さんは「1人だったらはしゃげないですからね」と言いながら、仲間と一緒に思い切り飛び込んだ情景を語る。同じパーティの中には、ただ歩くことを楽しむ者も、思いきり景色を楽しむ者もいる。自分は食にはこだわりはないと言いながら、仲間が100種類以上ある中から選んだトレイルフードを美味しくいただく夜。それぞれが楽しみたいポイントを持ち寄り、その時間を共有することそのものが、旅のハイライト映像として記憶に切り取られていく。


荷物の多くは仲間のため。でもそうして選び取った上出さんのザックの中身たちは、そのまま上出さんの今回の旅で「必要だったもの」を映しているのだと思った。

Person walking along a tree-lined road with wildflowers.

ロングトレイルが教えてくれること

アパラチアントレイルでの出会いは、時に教育やセラピーの現場にもつながっていく。中学生のお子さんと共に何ヶ月も歩く4人家族を目にしたという。もちろん歩いている間は、学校を休んでいることになる。


「結構いい教育だと思うんですよね。タフになるのもそうだし、『俺はこれがあれば生きていける』みたいな価値観を、自分で早めに持てるのってすごくいいことだと思います。」


世間に物差しを与えられながら生きていく──例えば『このブランドを持っていたら偉い』とか。「ブランドが悪いわけじゃないけど、それだけじゃない価値観を知れる機会があるのは羨ましいなと思いますね」上出さんはそう振り返る。
実際に歩く中で、薬物依存の子どもたちをケアするNPOにも出会ったそうだ。彼らはセラピーの一環としてクライミングを取り入れるため、安全な岩場を探しに来ていた。


「別に半年じゃなくても、2週間でもいい。歩けば必ず『これは自分に必要だ』『これは違う』と感じる瞬間がある。それってすごいことなんですよ」
自然の中で過ごす時間が、価値観を揺さぶり、心を回復させる。だからこそ、ロングトレイルは「自然を征服の対象とする」のではなく「自然の中にお邪魔する」という思想に根付く。

「自然大事にしなきゃなーって素朴に思うんです。だからゴミなんて全然落ちていない。一度も見なかったですね」上出さんが語るとおり、ロングトレイルを歩くという行為は、持ち物だけでなく思考もスリムにしていくパワーがあるのだろう。

BRING / WUNDERWEAR "ONE" 50/50 との関わり

今回の旅の中で、上出さんが身につけていたのがBRINGのアンダーウェア WUNDERWEAR "ONE" 50/50 だ。

Colorful shorts arranged on a yellow circular tray.

「Mサイズだと、どうしてもずり上がるんです。圧迫されるのが苦手で……。でもシームレスだから痛みはない。もしLがあれば、全色揃えて履いてると思います」


サイズ感の課題はあるものの、40時間以上着用しても匂いは気にならなかった。仲間とテントで過ごす時間において、匂いに気を取られないのは大きな安心だ。速乾性も実感でき、気持ちよく川に飛び込んだあと、歩いているうちに布が軽くなる感覚を持てたという。

Person holding a yellow and black item near a stream.

さらに、色がお気に入りポイントだと上出さんは語った。緑や黄色の鮮やかさは、森の単調さの中で小さな楽しさを生み出してくれた。「見せパンみたいで楽しい」と笑う上出さんの言葉どおり、不要を削ぎ落とした先に残る一枚は、機能だけでなく遊び心も与えてくれる

本当に必要なものだけが残る

暮らすように歩くロングトレイルでは、背負えるものが限られている。だからこそ、自分にとって譲れないものが浮かび上がる。セブンスにとっては軽量化の徹底、シンデレラにとっては掃除の習慣。上出さんにとっては仲間と過ごす時間、そして差分を生む苦痛、か。


その旅の中で彼にとって確かに役立った一枚が、WUNDERWEAR "ONE" 50/50 だった。必要最小限の中にも、遊び心や快適さを宿せる。その存在は、ロングトレイルの思想ともどこか響き合っている。

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