徳島県上勝町は、大部分を山地に覆われ、急斜面に築かれた棚田がダイナミックな風景を作り上げる。人口約1,400人の小さな町は、2003年に自治体として日本で初めての「ゼロ・ウェイスト宣言」を行ったことで注目を集めた。ごみ収集車が走らず、家庭で出るごみは町民自らが45種類に分別してゴミステーションに持ち込む。生ごみはコンポストで堆肥化し、不用品はセカンドハンドショップで再利用。町全体でごみの削減に取り組んだ結果、現在、上勝町のリサイクル率は80%を超えている。
サステナブルビールで乾杯!徳島県の小さな町で起こる、資源循環のムーブメント
2023.9.5
ゴミステーションでの分別の一部
さらに2020年、上勝町はゼロ・ウェイストの先駆者として、「未来のこどもたちの暮らす環境を自分の事として考え、行動できる人づくり」を2030年までの重点目標に掲げ、再び「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表した。
「上勝町ゼロ・ウェイスト宣言」
1.ゼロ・ウェイストで、私たちの暮らしを豊かにします。
2.町でできるあらゆる実験やチャレンジを行い、ごみになるものをゼロにします。
3.ゼロ・ウェイストや環境問題について学べる仕組みをつくり、新しい時代のリーダーを輩出します。
リサイクル率の高さで注目を集める一方で、上勝町の深刻な過疎化問題は続いている。人口減少が進むとともに、令和4年の高齢者(65歳以上の男女)の割合は、人口全体の約53%を占めた。
そんな中、地域に根ざした企業として、上勝町の過疎対策に名乗りを上げたのが、徳島市で臨床検査事業を主体に食品関連の検査・分析業務などを行う株式会社スペックである。活気を無くした町に、県内外から人を呼び、もう一度賑わいを取り戻したいと、ゴミステーションを改装し宿泊施設やラーニングセンターを備えた「ゼロ・ウェイストセンター」の計画に着手。さらに町民の方にも利用してもらえるような、量り売り専門店「上勝百貨店」を立ち上げた。(上勝百貨店は2014年に閉店)
ゼロ・ウェイストセンターには、要らなくなった物を持ち込める「くるくるショップ」も
さらなる一手を、というところで参考にしたのが、アメリカのポートランドである。ポートランドはマイクロブルワリーが多く、訪れる人は「グラウラーボトル」という量り売りのボトルを持参し、好きなクラフトビールを持ち帰る。ゼロ・ウェイストなボトルと、日本でも知名度を上げていたクラフトビールの掛け合わせにヒントを得て、2015年5月、「上勝百貨店」の跡地に醸造所、レストラン、ショップ、宿泊施設を備えた「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」をオープン。上勝町の入り口で、町外から訪れた人々を迎えている。
建物の設計は中村拓志&NAP建築設計事務所が手がけた。窓枠やインテリアは、上勝町の民家を解体したときなどに出た廃材を利用している。いくつもの窓を組み合わせた壁面は、上勝町に到着した際にまず一番に目に入るものであり、「もう一度廃材に光を当てて、皆さんをお出迎えしたい」という想いが込められているという。醸造所内は建物の一番奥からビールの醸造がスタートし、完成に近づくにつれて、どんどんビールがお客さんのいるカウンターに近づいていてくる構造で、タップからビールが注がれて飲むまでを“末広がり”に描いた。
「上勝百貨店の時はゼロ・ウェイストを中心に考えすぎてしまったけれど、RISE & WINになってからは、クラフトビール好きや建築に興味がある人、リフレッシュしに山登りに来ましたという人も集まって、お客さんの層が広がった気がします」
そう教えてくれたのは、RISE & WIN Brewing店長の池添さん。
「私の好きな言葉に、『JUST DRINK KAMIKATZ BEER』というのがあって、上勝ビールで乾杯して、肩肘張らずにみんなでビールを飲んでくださったら、知らず知らずのうちにゼロ・ウェイストに参加できていることを表しています」
RISE & WINでは、ビールの製造過程で排出される副産物(モルトかす)をごみにせず、微生物分解で液肥化し、自社農場で使用している。RISE & WINは2021年、この仕組みを導入し、「サステナ・ブルワリー」の第一歩を踏み出した。
モルトかすを液肥に変える資源循環システム「reRise(リライズ)」
「循環型農業には、トライアンドエラーで挑戦しています。以前は約半間年かけて、モルトかすを堆肥化し、町の農家さんに引き取っていただいて使っていただいたり、養鶏場の鶏糞に混ぜて堆肥化していただいたりしていました。ただ、今の時代に合わせて、もっとスピード感が必要だと感じたのです。そこで、一昨年から始めたのが、乳酸菌や酵母といった微生物が温度管理されたマシーンにモルトかすを投入し、24時間で液肥を作る方法です。それを自社農場にまいて、麦を育てて、またビールへと循環していきます。町民の方にもお配りしていて、農家さんや保育園や小学校の農園で使っていただいています。自然由来の菌が豊富で、病気や害虫にも強いと、お褒めいただく声も聞くようになりました。さらに、自社農場だけではレストランで必要な野菜が作れなかったり、ビール麦の収穫が足りなかったりするので、今年から、町の農家さんに液肥を使って野菜やビール麦を育てていただいて、それを私たちが仕入れています。小さな町の中で、小さな経済循環が生まれているのです」
醸造所には、ポートランドのステンレス製ビール醸造器メーカーから取り寄せたタンクが並んでおり、年間約80キロリットルのビールを醸造する。上勝町特産の柑橘「柚香(ゆこう)」の廃棄対象になる果皮を利用した「カミカツホワイト」、規格外品の鳴門金時芋を使用した「カミカツスタウト」など、スタンダードフレーバー5種に加え、限定フレーバーやコラボレーション企画ビールなども取り揃える。
また、ワインやウィスキー、ラム、ジンの樽にビールを入れ、長時間熟成させる「バレルエイジドビール」の製造も行う。ワインやウィンスキーの香りや、木樽の風味が付いたこのビールにはファンも多い。山梨、富山、鹿児島などのワイナリーやウィスキー蒸留所とのコラボレーションで、ものによっては3年漬け込むこともあるという。
モルトかすのような副産物や、廃棄されるはずだった規格外の食材等を活用する、サステナブルビールの醸造は、今、多くの地域やブルワリーで注目を集めている。美味しいビールを飲んだ後は、その生産背景にも目を向け、職人の想いや拘りも是非一緒に味わいたい。